ことわざ | 意味 |
赤信号みんなで渡れば集団自殺 | |
熱さ過ぎれば喉元忘れる | 我慢こそ開運の元でありラッキーの開始点。 |
雨と無知 | 何もわからぬ者が雨に打たれる様子は悲惨とす。 |
雨とムチ | ムチムチプリンの裸体女子が雨に打たれたその姿こそウハウハ。 |
案ずるよりウムムムム | 考えすぎて悩み多きこと青春かな。 |
石の中にも3年 | マハマンやハマンで失敗しても、我慢すればよいということだ。 |
石も歩けば棒に当たる | 犬や棒が散歩するように、石も散歩するが、石は転がっちまうのでたびたび棒に激突するので棒にとっては迷惑の意。 |
一寸先はヤニ | 嫌煙者の嘆き。 |
1本のクソゲーにも5円の魂 | クソゲーでも、全く虚しいものではなく、多少なりとも楽しめるものである。 |
犬の上にも三年 | どんなに凶暴で頑固な犬であっても、その上に三年間もの長い間乗っかり続けていればオッケーだから楽勝だネの意。 |
犬も歩けば死して屍拾う者なし | |
犬も歩けば尻の穴が見える | 犬は歩いておるときに尻の穴が丸見えでありとても恥ずかしい感じであるの意。 |
犬も歩けば棒と遊ぶ | 散歩をする犬は棒きれと戯れる。いつもクサリで繋がれておる犬は、つねに退屈でありつまんねえと思っているゆえ、たかが棒きれであってもついつい楽しくなって戯れてしまうのである。
このように、ペットのストレスは時として妙な行動となって現れるので、飼い主としてはその辺を注意すべきであるの意。 |
犬も歩けば棒に当たって脳挫傷で死 | 人間になつき、そして人間に対して心から尽くす愛すべきワン公も、現代社会の暗黒部分たる棍棒殴打マニアにとっては格好の獲物。
忍者のように忍び、獲物を発見した瞬間躍動し、手にした凶器たる棍棒にてワン公の頭蓋骨をかち割る棍棒殴打マニアは、愛すべきワン公の天敵。愛犬家は重々注意すべきである。 |
犬も歩けば棒も歩く | 犬だってたまには散歩するように、棒もまたたまには散歩をするのである。草木も眠る丑の刻ともなれば棒きれなども活動を始める。
棒が歩き出す姿を見た者は死ぬし、夜中にそういう話をするだけで呪われるというから恐ろしいの意。 |
井の中で蛙落とし | 井とはこれすなわち井戸の意。狭く暗い井戸の中において、世界の必殺技である蛙落としをかけてこそ相手に致命的な打撃を与え、且つその者の復帰も阻まれるであろう。
すなわち、極めつけの必殺技こそ狭く暗い場所で使うのがよく、馬場もビックリの効果あり。しかし、このことばかり考えておると世間知らず情報不足にて了見が狭まるので要注意。 |
井の中の逆水平蛙落としアンドダウン攻撃 | 狭い場所での必殺技こそ有効。 |
疑わしきは殺せ | スパイの大原則。 |
馬の耳に仏滅 | 動物が人間の言葉を解したらどれほど嬉しくどれほど便利であろうか。しかし実際多くの動物は人間の言葉を理解せぬようだ。そして馬も同じ。
「ヘイ!!マイホース!!今日は仏滅だし縁起も悪い。だから草ばっかり食ってると腹下すぜベイビー!!胃薬が欲しいなら馬の鞍と交換する。だから今年も馬並みでありますように。な〜む〜」。
そのような愛情と欲望のメッセージも馬には通用せぬから注意。まして仏滅を回避するための念仏を馬に聞かせて、何の効果があろうか。あ〜ないない。 |
馬の耳を見物 | 馬の耳を観察すると案外おもしろいのでここはひとつみんなで観察しようの意。 |
縁の下の大金持ち | 金銭を多量に所持しておると泥棒にねらわれからといって、縁の下隠れるようなことまでするのはどうかと思うヨの意。 |
お外気分 | お屠蘇気分の対極的存在であり外出励行の意。 |
溺れるものは笑う門には福来たる | 突然の災難や危機に見舞われた場合にも笑っていられるほどの度胸があるような大人物ならきっと幸福になれるの意。 |
溺れるものは笑えば安心 | |
溺れるものは笑っていいとも | |
溺れるものはわらわは誰じゃ | 人は突然の災難や危機に見舞われるとビビってアセって何が何だかわからなくなるからまあ大変。気をつけようゼの意。 |
思いついたが百年目 | 長年待って大安吉日の意。 |
思う念力岩をも通す | 思いあまってテレポートすると岩の中で実体化してロストするの意。 |
飼犬に手がからまった | 犬が好きだからといって犬と遊びすぎると、たまに犬の足と貴様の手がからまっちまう恐れがあるのでこりゃ大変の意。 |
飼犬に手を挟まれた | 飼い慣らしたつもりの犬でも、場合によっては飼い主のてを足ではさんだりして遊ぶ場合があるので楽しいよネの意。 |
飼犬に手を離された | 断崖絶壁で愛犬に助けを求めたら、愛犬が手(足)をさしのべてくれた。がしかし、愛犬の気合は長続きせぬ。結局は愛犬に手を離され、主人は絶壁を真っ逆さま。
このように、絶体絶命時に愛犬ばかりアテにするのはやはり危険であるの意。 |
飼犬の手を噛む | 犬と人間は心の底で結ばれた真の友。しかし所詮は人間社会で生きる別の哺乳類。互いにその立場をわきまえる必要がある。
そんな現代社会において、飼い犬に手を噛まれるような飼い主は、己が不幸であるのみならず、その者に飼われる犬さえも不幸に陥れるであろう。
しからば、飼い主は犬よりも野性的でありタフでなければならぬ。時には飼い犬と試合し、先手必勝気合一発、先んじて飼い犬の手に噛みつくような野性味が必要。
それほどワイルドであれば、主人としての資格もあろう。そして噛みついた後にはワンちゃんのおテテをちゃんと手当してあげる優しさも大切。 |
火事場の馬鹿野郎 | 追い詰められて事態悪化の意。 |
勝って甲虫が西向きゃ尾は東 | |
壁に耳あり障子にメリーさんの羊あり | 部屋におるから誰にも聞かれぬ見られぬと安心してはならぬ。部屋の壁には得体の知れぬ者の血まみれの耳が!! そして障子には奇怪な羊が!! このように部屋には心霊現象がつきものであるの意。 |
聞くは一時の恥かきっ子世にはばかる | |
疑心暗鬼を生ず | 疑いの心ばかりでは暗い気分になり顔も鬼のように恐ろしいものになるの意。 |
昨日の敵は今日も敵 | 争った者同士が1日で仲よくなろうかいやならぬなり得ぬあ〜ちょいちょい。 |
口はこれ禍のもと&舌はこれ身を斬る刀 | |
苦しいときは神棚に登れ | 切羽詰まって八方塞がりになった場合には、誰も手を出さぬ神棚に登って身を隠しておれば安心だしよかったなあの意。 |
苦労するほどかったりい | |
怪我の闘病 | 怪我をすると体が弱まり、体が弱まっておると重病になりやすい。重病になると闘病生活となるので注意しようネの意。 |
光陰やなことばかり | 人生70年とも80年とも言われる昨今。医療技術と生活環境の向上は、我々に長寿をもたらした。それなのに時間はなぜこのように短く感じられるのだろう。
そして、思い返せば楽しいことこそ少なく、辛く苦しいことばかりが浮かぶ。ああイヤだイヤだ。まったくもって最近ときたらヤなことばっかりですな。これじゃあいけませんな。
泣きっ面に蜂ですな。湿っぽくなっちゃあおしまいですな。ゲーム帝国でも読んで勢いつけましょうか。 |
後悔先に立たずんば藁をもつかの間の幸せ | 我々は常々失敗を経験するが、その失敗を犯してしまってから後悔しても既に遅い。そして失敗を挽回するために努力し、左往右往し、藁をもつかむ気持ちで何かにすがり、心の拠り所を見つける。
そしてその拠り所にすがったとたんに「ヤリっしゅ!! ラッキー」などと一瞬喜ぶが、、それもじきに崩壊する。と、こんな日常茶飯事の喜怒哀楽を一気に言い表そうとして開発されたのが、この諺なり。
50億円の莫大な費用を投じ、構想3年、制作5年、桃栗3年築8年、敷1礼2の3LDKときたもんだ!! む、我ながら少しも解読不能。 |
郷に入ればゴーゴーゴー | 見知らぬ土地を訪れれば、そこには見知らぬ風習・習慣が必ずあるもの。そんなときにはやはりダンスダンスダンス!!
踊りこそ人の心の架け橋であり友情のきっかけなり。率先して踊るようなテンションと気合があれば、どんな土地でも仲間味方が得られよう。
心に留めるべきは、その土地の風習・習慣に見合ったダンスを踊ること。これぞ重要なり。 |
弘法も筆に謝る&猿も木から詫びる | 常日頃使用する道具に対する思いやりが大切の意。 |
五十歩ヒャッホー | 世の中にはいろいろイヤなこともある。だが、人間、どのような場合でもとりあえず50歩ばかり歩けばイヤなことも忘れて気分壮快となって思わず「ヒャッホー」と叫びたくなるからあ〜ら不思議の意。 |
猿も木から惜しい | 世の中惜しいことだらけである。この件に関しては猿もよく知っておるという。人間が惜しいことをした場合に木の上から「惜しい」と声をかけるから愉快だの意。 |
猿と木から落ちる | 猿は木登りが得意である。この猿と木の上で勝負する場合は不利だが、勝てないことはない。最悪、猿と一緒に木から落下すれば引き分けにて再挑戦可の意。 |
三度の飯よりサンドイッチが好き | 現代の若人はパンが好きであって毎食パンを食す者までおるが、日本人なら米を食えであって男の主食は米であるの意。 |
3人寄ればモンダミン | 息も臭い。 |
3歩進んで5歩下がる | かの大歌手こと水前寺清子いわばチーターが編み出した“3歩進んで2歩下がる”の対抗版。
きゃつが1歩進むなら我々は敢えて2歩下がっていこうではないか。そうだそうだ、そうしようそうしよう。という内容がこれだ。 |
死して屍疲労回復にリポビタンD | 死ぬほど疲れ切っておる者すなわち屍野郎であっても、ひとたび大正製薬のリポビタンDを飲用すればエナジー全開でファイト一発となるから飲もうゼの意。 |
春眠暁を覚えぬ者は藁をもつかむ | 春は眠るによし夢うつつとなるによしのナイスシーズンであるが、眠ってばかりいると、ときには悪夢を見るであろう。
悪夢を見る者は、薄目を開けてジタバタし、さらには空をつかむようにもがき苦しむ。その姿は、溺れる者が苦し紛れに藁をつかむ様子に似ている。 |
据え膳食わぬは腹が減る | 食べてくださいと言わんばかりに用意された食事を我慢して食わないと、おなかが減りますよという、わりとそのまんまの意味。しかし、この我慢がすぎて、ずっと食わないでいるといずれ餓死してしまうという恐ろしい事態も予測できる。
このことから、我々は出された食事をすべて食うべきであるし、無理に食わないのは自ら餓死を招く愚かな行為であり、いわば手出し我慢は男がすたるの意味。 |
好きこそものの坊主が屏風に上手な坊主の絵を描いた | 江戸の昔から“餅は餅屋”と言われておるが、やはり屏風上の坊主の上手な絵を描くためには坊主大好き坊主が屏風に坊主の絵を描くのがいいし、
その坊主はやはり屏風も坊主も大好きであるのが好ましいという、口に出して言うとちっともわけがわからなくなっちまう諺がこれにあたる。
しかし諺マニアにとっては、やはりこのような諺くらい簡単に発音できるし楽勝であるし朝飯前であるの意。 |
過ぎたるはああお呼びでないこりゃまた失礼 | なにごとにも限度というものがあり、それを越えて過度な行動をとるとおもしろいし、これこそ日本の笑いの原点であり植木等の心意気であろうという意味。
だが、過度な行動をとればおもしろいが、時には顰蹙を買うこともある。そのような場合は、首をすくめ、「ガチョ〜ン!!許してたもれ〜」などと言えば、わりと許してもらえると、昨日国家公安委員会調査室の発表で明らかになったとの話。 |
過ぎたるは及ばざる見ざる言わざる日本ざるが如し | なにごとにも限度というものがあり、これをわきまえていないのは非常におもしろいし、植木等も谷啓もビックリなのだが、さらにつぎの限度を超してしまったならそれは見苦しいし恥ずかしい。
物事の限度を限りなく超えまくっている人がいる場合は、カッコ悪ィしダセエしウゼえから、なるべくその人のことを見ないし、その人のことについては言及しないし、ほら見てよ、日本ザルだってジャガイモ食いながら笑ってるわよヤ〜ね、の意。限度の越えすぎに注意してこそ人類。 |
過ぎたるはお呼びでないが如し | 物事には限度というものがあるゆえ、限度を超えてヤリ過ぎておる者は全然だめなのであってお呼びでないの意。 |
過ぎたるは日本猿が如し | 物事の限度を超えてヤリ過ぎておる者は全然だめでありかつ、玉葱を剥き続けて結局は玉葱を消滅させる日本猿のような悲しい状況に陥るからやめよの意。 |
急いてはことを子孫汁 | 何事も急いではならぬ。とくに重大な場面で急ぐと、子孫繁栄に関する汁などが放出されて大変なので注意せよの意。 |
狭い日本急いで走れば早く着く | 急ぐに越したことなし。 |
千里の道は三歩進んで二歩下がれ | とてつもなく長い道のりを進むのは飽きるしかったりい。そのような場合は軽快なステップを踏んで歩くと楽しいの意。 |
備えあればうざってえしな | 万が一の場合に備えて、我々は常に用意しておかねばならぬが、各種道具や備品を用意しておくと整理するのが面倒になるしうざってえんだよなの意。 |
備えあれば憂いナッシング | 万が一の場合に備えて道具や備品を用意しておけば、万が一の状況が訪れてもノープロブレムであるが、万が一の状況はこれすなわち一万分の1の確率なのでほぼナッシングに近いと言えようの意。 |
備えあれば嬉しいな | 我々はどのような事態が起きた場合にも対処できるように、前もって周到な準備をしておくべきだ。準備を怠れば、「いいんだね?」、「アレつけないなら、イヤ〜ん」、などというような感じで事態に対処できず悲しいであろう。
逆に、準備しておけば対処もラクラクだし、今ならなんと超お買い得だし嬉しいな、の意。若人よ、準備し、そして挑め。 |
棚からぼたもち | 突如ぼたもちが棚から襲いかかり絶体絶命とならぬよう注意せよの意。 |
旅は道連れ余は誰じゃ | 見知らぬ土地を単独で旅するのは寂しいからといって、ワイワイと多人数を連れ添って旅をすると盛り上がって酔っ払って自分が誰だかわからなくなるの意。 |
注意一秒怪我二秒 | わりとすぐ直るので安心の意。 |
出るクイーンは打たれる | 美貌や才能や性的魅力に溢れた女子は男子に人気が出るが、女子から「何アイツ〜むかつく〜」や「あのコ超ヤ〜」と思われており、ついには「テメェむかつくんだよ!!!!と攻撃されるので注意せよの意。 |
出る杭は歌は世につれ私をスキーに連れてって | 突出した才能を持って歌えばやっぱ大人気であり、これが高じればモテモテ必至だし世間の連中だってほおっておかないものだ。やはり秀でた才能は人気を呼ぶものだが、だからといってそればかりが目立つとモテ過ぎてしまい、
最終的にはギャルにスキーツアーをせがまれるなど非常に面倒かつかったりい事態も招いてしまうし、骨折の危険だってあるから才能発揮もほどほどに、という意味の諺。 |
灯台もっと暗し | 周囲を照らすための灯台だが、そのふもとは意外に暗い。しかし、灯台の光源はさらに暗く感じる。灯台の光源は眩しいほど明るいはずなのに、それを見た瞬間周囲が暗くて見えなくなってしまうのはなぜか?
それは光源を直接見つめた場合に起きる“眩光”という現象で、昼間の高速道路などでトンネル内から出た瞬間に周囲が眩しくて見えづらくなってしまうので我々ドライバーとしては交通事故には十分注意し安全運転を心がけたい。 |
時は金のなる木 | 現代社会および経済機構においては、時間の経過こそがそのまま収入に結びつくことも少なくない。タイムカードをガチャンと押せば、寝ようが働こうが関係ないとくりゃ、サラリーマンは〜気楽な稼業ときたもんであり、
その時間経過が給与として換算される仕組みを意味する諺。暗に休憩時間の取りすぎを戒めた上司の言うに言えない心情をも表している。 |
毒を喰らわば皿を洗え | 毒を食した後に皿を食う場合には、皿に毒が付着している可能性が高く非常で危険であるゆえ、まず洗ってから食えの意。 |
泣きっ面にパンチ | 競技や競争、あるいは対戦ゲームにおいて力不足たる者は往々にして負けそうになり、もろくも泣き崩れてしまうことがある。これが反省の涙なのか悔しさから来る涙なのかはわからないが、我々ゲーマーはその涙を見ても決して心を許してはならないのだ。
真のゲーマーたる者、対戦相手が涙したときこそ究極のチャンス!! 今こそ思い知らせ、敵をねじ伏せる絶好の瞬間だ!! 弱まった敵キャラの顔面狙ってパンチ!! さらに強パンチだ!! そしてとどめに必殺技を決めれば優勝は確実である。
すなわち、情を捨てて最後のとどめを刺せという意味の諺。だが、これを実生活に当てはめて暴力をふるう者は、このわしが貴様の股間めがけて最低65536発はパンチ!! |
習うよりなめろ | 物事を言葉や論理で習うだけでは身につかぬ。物事を習うならまずなめてみて、その味わいを知るのが会得の近道の意。 |
習うより投げろ | 物事を習うのはかったりいしだりいしやってらんねぇし習ったからってどうにかなんのかよむかつくんだよこの野郎むかつくんだから放棄しちまえの意。 |
人間は考える足である | 夏場は水虫注意。 |
猫の手も解体 | 多忙のウサ晴らしに猫でも惨殺しなきゃやってらんねえよの意。 |
寝耳にビーム | 油断を突けば必殺。 |
寝耳に耳あり東海林のレポート日本一 | |
寝る子は虚脱 | よく眠る子供はコタツにて睡眠をとるが、コタツで寝ると脱水症状を起こしたりするので虚脱感があって体に悪いの意。 |
寝る子は解脱 | コタツで寝ていると最終解脱するほど体に悪いのでやめようの意。 |
寝る子は炬燵 | よく眠る子供はコタツが大好きの意。 |
寝る子は粗雑 | 幼児期から青年期にかけては、肉体の発達に十分な睡眠が欠かせない。よく食べ、よく眠ることが健全な肉体を形成する原動力となる。
だが、これを重視しすぎて寝てばかりいると、十分な教育を受けられず、また礼儀作法も身につかずに粗雑な人間となるであろうかどうかは、調査不足にて断言できぬの意。 |
能ある鷹は頭隠して尻の匂いをかぐ | |
喉元過ぎて暑さ寒さも彼岸花をむしって食え | |
馬鹿と鋏は使わないヨ | 馬鹿な人に協力を要請した場合、目的の達成を阻まれることもある。たとえば、「キミ。この書類を整理しておいてくれたまい。頼んだよ」とした場合。「整理整頓!! あっコーヒーこぼしちゃった〜!! フキフキ!!
ゲッ、これは課長の背広だ〜!! オロオロ!! うわ、社長を突き飛ばして窓から落としちゃった!! ハラホロヒレハレ!! はっ、ボクの吸ってたタバコが原因で社屋が全焼だ〜!!」と、こんなしくみだ。鋏も、同様に危険である。「チョキチョキチョキ!!
ゲッ!! 指切った!! イテテテテ!! ジタバタ!! ぐはっ!! 滑って転んだら鋏が心臓に突き刺さった!! ぐぐぐ!! ぐるじい〜!! ししし、しぐ〜!! んゴ(死)」といった展開である。最悪の展開を恐れるなら、最初から両方とも使用すべきでないの意。
それ以上に、こういった危険なものにはなるべく近づかないほうがいいという意味がある。 |
馬鹿も休み休み休む | |
働かざる者食うときゃ食え | |
早起きは三文の徳光アナであり言葉遣いが丁寧 | 朝、人より早く起きることはとてもよいことだ。なぜなら徳光アナウンサーの声も聞けるだろうし、福留アナウンサーがボールをキャッチする瞬間も見れるしズームインなのだ。
これに加え、アナウンサーの丁寧な言葉遣いを聞けば、江戸時代にして約3文は得するであろうほどその利益は大きいのではないだろうか。いや、小さいはずはない。大きくないはずがないのだ。
というような無用な推測などもできるからやはり朝早く起きることは重要だ。だが、たった3文ぐらいだったらあたしゃあと15分寝てたいよ、と思うなら存分に寝て心身共々リフレッシュして勉強や労働に備えて吉。 |
人の振り見て雨降り地固まる | 猫や犬、あるいは猿やキツネなどの動物は、雨が降る日にはただひたすら眠るという。雨が降り、獲物の活動もないことは、すなわち餌が少ないことを意味したのだ。雨が続けばそれら動物たちは飢餓におそわれるであろう。
それを予測したのか、雨降りの日や雨期には、動物たちはひたすら体力の消耗を避け、眠る。自然を生き抜く本能だろうか。人も、狩猟や農耕を主とした生活をしていた太古には、雨が降る日にはあまり行動せず、ねぐらにてぼんやり時間を過ごしたという。
人間も動物であるということを考えれば、当然の本能的行動だったのかもしれない。だから我々現代人も雨の日にはぼんやり外を眺めるなどして過ごそう、という諺がこれである。仕事や勉強などせず、雨が流れてやがて地面が固まる様子でも見ているのが、人間の自然な姿なのだ。 |
人の振り見て我が家は近し | |
人のフリ見てわしもフリフリ | 人が裸になってフリフリしているのならわしも負けずにフリフリするゾの意。 |
人の振り見てわっはっは | 人間の滑稽な姿や様子というのは、当の本人はなかなか気付かないものである。裏返しに着たシャツに始まり、浅黒い肌と白い歯こぼれる笑顔上の鼻毛、そしておでこの上のメガネを捜す波平まで、第三者でなければ気付かない失敗や滑稽さは多々あるものなのだ。
そのような状況を見たら、まず笑ってもよいという意味の諺がこれである。なぜならば、笑いを押さえて気遣うよりむしろ、大声にて「わ〜ははははははは!! カッコ悪ィ奴〜」と明るく笑って失敗や滑稽な姿を教えてあげたほうが暖かみがあるではないか、いや、笑う前に教えてあげるのが人情というもの。む、やっぱりいつの間にか矛盾しておりすまぬ。 |
貧乏暇な日 | 貧困を克服するためあくせく働かざるをえない、という意味の諺に“貧乏暇なし”がある。この状況は苦しいように見えるが、まだまだ大したことはなく、すこぶる幸せな状況なのである。貧しいのだが働くこともできず暇で暇でしかたのないことこそ真の苦しみなのだ。そんな内容を表したのがこの諺。
我々はこのような状況を想定し、困難な事態に陥らぬように日夜精進、労働に勤しまなければならない。 |
武士は食わねど木枯らし門次郎が楊枝をピュ | |
下手な考え休むに似たり | 考えれば考えるほど休養が取れて吉。 |
下手な鉄砲も数撃ちゃ死傷者多発 | 銃撃戦が下手であっても、弾丸発射数が多ければ敵を殺傷する可能性も向上するであろう。そして死傷者が多発し、敵軍は窮地に追い込まれ、自軍の勝利となる。狩猟においても、単一の弾丸よりも散弾、ひとりの散弾より多人数の散弾がその効果を高める。
このように、勝利のためならガンガン撃ってしまえ〜というのが常套戦法だ。しかし、その結果周囲に与える影響は如何なるものか?戦禍においては善良な市民までもが死に、狩猟においてはおびただしい数の鉛弾が自然を害するであろう。物量にモノを言わせるのは理にかなった手段だが、その弊害も多いの意。 |
下手な鉄砲もカズとラモス | |
墓穴があったら入りたい | 死の予感。 |
仏の顔が3度の飯より好き | 仏陀の御顔が好きで好きでしょうがねえという仏陀マニアは、食欲などを差し置いても仏陀の顔を拝み、そして念仏を唱えたいものだという。
それだけ仏陀マニアにとっては仏陀の優先順位が高いのである。なお、仏陀マニアたちが寄り添い、世界各地に仏陀御顔見学同好会が結成されたのは言うまでもない。 |
待てば海路の花より団子食らわば皿まで | |
身から出たビーム | 鍛錬に鍛練を重ねて最強に強まった人物ともなると、その強靱な体から強力なビームを放射し、周囲の人物を黒こげにし、建物を破壊し、ついには周囲一帯をメルトダウンさせるというから、あまり強まったりするのも考えものだの意。 |
身から出たワサビ | 強まった人物ともなると、その体から新鮮なるワサビを出して刺身などを食すというからかなり経済的であるの意。 |
病も気合から | この世のなかの全ての事柄は気合から生じておるという。いわばすべての道はローマも一日にして奈良漬け食って気合でぷぅと申して、拙者は基本的にまちがっておるがやはり気合が肝心である。
この大切なる気合が失われると暴動は起きるわ戦争は勃発するわ地球は滅亡するわの大惨劇だが、とりあえず気合が入っておらぬと病気になるので注意の意。 |
山芋も気合から | 上記のように、全宇宙の全ての現象は気合から生じるのである。ゆえに気合さえ入っておれば何でもオッケーであり、気合が高まっておる達人などは、物理的に無から山芋を発生させたりすることもできるからお得だしお手軽であるの意。 |
病も猿も木から落ちる | 我々人類にとって気合がどれほど大切なものかがよくわかったであろう。このように気合は、人類必須のナイスアイテムでありド根性とスポ根とパニッシャー精神の集合体なのであるが、この気合は猿にもあるという。
もちろん気合の入っておらぬ猿などは全然だめであって速攻で病気になって木から落下するの意。 |
類は友と呼び鈴鳴らしてダッシュで逃げろ | 性格や行動パターンや趣味嗜好が似ておる者どうしは、お互いに未知なる力で引き寄せられて、自然に集まってくるという。さらに、これらのいわゆる同類が集まると楽しくなって有頂天となってジョリーグッドなフィーリングとなるという。
そしてついには互いに一致団結し、愛と友情を語り合った挙げ句に、見知らぬ人物が住む家屋の玄関の呼び鈴を鳴らして逃走するという悪行に至るのであって、そういったイタズラをしてると警察や父兄にパニッシュされちゃうよの意。 |
類は友を体育館の裏に呼んでこい | その類の若者たちは、ターゲット攻略のためには手段を選ばぬ。まず、ターゲットを決めると、これに接近する。接近時には、教師などに怪しまれぬよう、ターゲットの仲間を装うのだ。
「なんだよおマエ〜。つき合えよ〜。友達じゃんかよ〜ちょっとこいよ〜。オラ〜」といった具合でターゲットを捕獲し、体育館の裏などに誘導する。そこには最終ボスがおり、ターゲットが装備したアイテムなどを奪取する作戦を遂行するのだ。
このように危険な敵の作戦を暗示したのがこの諺である。最終ボスを攻略するためには、敵の動きをよく読み、そのスキを突いて連打すべきだろう。 |
ローマは一日にして鳴かぬなら殺してしまえホトトギス | かつては全世界を震撼させたついでに制圧してしまったローマ帝国にいた鳥であろうとなかろうと、主人に従わぬような痴れ鳥は殺してしまえばいいのだという考え方はちょっと乱暴だよネの意。 |
ローマは一日にしてナッシング | かつてはその強大な軍力と権威をもってして世界を手中に収めたローマ帝国も、現代の兵器をもってすればタジタジであり速攻で滅亡するので気をつけようの意。 |
ローマは一日にして奈良 | 関西勢力は外国も関西化する迫力。 |
ローマは一日にして奈良漬けのかほり | かつては世界の頂点に君臨したローマ帝国。このように強大な帝国であっても手入れを怠るとすぐにばい菌が繁殖してしまって臭き香りとなってしまい、最終的には奈良漬けのごとき臭さになるの意。 |
論より、あショックウェーブ | 物事は、まず考え、十分吟味してから行うべきであるが、そのようなことをする前に証拠を見せつけられたら敵の勝利となってかなり残念な結果となろう。こういった残念な状況を避ける手段としては、やはり味方にあらざる者は死であって速攻で攻撃するのがよかろう。
そしてこの攻撃に用いるべきは、やはり聖なるアタリ社が開発なすった類希なるウェポンである“あショックウェーブ”を使うが吉でありこれぞコインいっこいれるであって敵もタジタジとなって即座にゲームおわりとなるから楽しいよネの意とす。 |
ロンよりツモ | 麻雀の極意にて勝負の基本。 |
笑う門にはにわとりがいる | 笑いを絶やさない楽しい生活をしていると、気持ちがおおらかになり、自分の周囲の些細なことが気にならなくなる。そうなった者は、
笑顔の生活をねたんで門前に現れる死と恐怖と絶望の存在すなわち地獄のにわとりの存在にも気付かないだろう。そしていずれ地獄のにわとりの毒牙に倒れるから注意しようの意。 |
笑う門にはにわにわにはにわにわとりがいる | 愉快かつ幸福かつ快適な生活を送る幸せ者は、とくに地獄のにわとりに狙われやすいという。そのような者の門前には2羽、庭には2羽、合計4羽もの地獄のにわとりが出現するであろう。
4羽の地獄のにわとりは、いずれその家の東西南北を囲んでしまう。そしていずれは運命のときが。四方から地獄のにわとりに攻められれば、たとえ全能の神であろうと逃れることができないのであるの意。 |
笑う門には服が要る | 日常の生活において笑いは不可欠であり、笑いを絶やせばおのずと気分が滅入ってしまう。笑わずに暗い気持ちで生活すれば、ただただ辛いだけになる。それでは不幸だ。だから笑おう。だが待て、裸で笑うのはだめだ。
猥褻物陳列罪などで逮捕される前に、まず服を着ようの意。 |
笑う門には服が来る | 笑顔が絶えぬ生活というものは幸せだ。そんな生活は、他者からも幸せそうに見える。もちろん霊魂などから見ても幸せに見える。だからそんな生活をしていると霊魂が服を着てそこに現れるの意。 |
笑う門には服を着ろ | 笑って過ごしているのは非常に楽しいことであるが、誤って全裸で笑っていると変質者として認識され、補導あるいは逮捕などされるから、笑うときには服を着ていろの意味。また、
“笑う門には福が来る”の意味から派生したという見方もある。これは、笑っていると福の神がやってきて、「てめえ笑ってんじゃねえよオラ!! 笑うのは俺なんだよ!!ざけんじゃねえよ笑ってんじゃねえよオラオラオラ」とケンカを売られるので注意せよの意味とす。
このほか、“笑う過度には服を切ろう”があり、これは笑いすぎて暴れていると服を破いてしまってママに叱られるゾ!! だからあんまり笑ってばっかないで勉強とかもしたほうがいいんじゃないカナ、という意味の諺。 |